「中小企業診断士と社労士は相性がいい」——この組み合わせは、ダブルライセンス記事の定番です。
ところが、実際に社労士資格を持っている診断士は6.1%しかいません。日本中小企業診断士協会連合会の調査(回答1,847名)で、保有資格の8位です。1位はファイナンシャルプランナーの20.5%でした。
「相性がいい」と語られる度合いと、実際に持たれている度合いが逆転している。この記事では、その落差がなぜ生まれるのかを、両資格の制度を突き合わせて説明します。そのうえで「どちらを先に取るべきか」に答えます。
結論:診断士を先に取るべき。ただし目的次第で逆転する
先に結論を書きます。両方を数年かけて取ると決めているなら、診断士が先です。理由は難易度ではなく、中断したときに失うものが診断士のほうが大きいからです。
ただし「独立して労務で食う」が目的なら、社労士単独で完結させるほうが合理的です。診断士は必須ではありません。この判断軸を最初に決めないと、順序の議論は意味を持ちません。
試験の基本スペックを並べる
| 中小企業診断士 | 社会保険労務士 | |
|---|---|---|
| 受験資格 | なし(誰でも受験可) | あり(大学・短大・高専卒等/実務3年以上/行政書士となる資格を有する 等のいずれか) |
| 試験形式 | 1次マークシート7科目+2次記述4事例 | 1日完結。選択式8問(40点)+択一式70問(70点) |
| 試験日(令和8年度) | 1次 8月1日・2日/2次筆記 10月25日 | 8月23日 |
| 受験手数料 | 1次17,200円+2次15,100円=32,300円 | 15,000円 |
| 直近の合格率 | 1次23.7%(令和7年度)/2次は例年2割弱 | 5.5%(第57回・令和7年度) |
| 勉強時間の目安 | 1,000時間(1次800+2次200) | 800〜1,000時間(独学)/600〜700時間(講座利用) |
| 科目合格制度 | あり(60%以上で翌年度・翌々年度が免除) | なし |
| 独占業務 | なし | あり |
社労士の合格率は5〜7%台で推移している
| 回(年度) | 受験者数 | 合格者数 | 合格率 |
|---|---|---|---|
| 第53回(令和3年度) | 37,306人 | 2,937人 | 7.9% |
| 第54回(令和4年度) | 40,633人 | 2,134人 | 5.3% |
| 第55回(令和5年度) | 42,741人 | 2,720人 | 6.4% |
| 第56回(令和6年度) | 43,174人 | 2,974人 | 6.9% |
| 第57回(令和7年度) | 43,421人 | 2,376人 | 5.5% |
5年平均で約6.4%。受験者は増え続けている一方、合格率は年によって2ポイント以上振れます。これは選択式の科目別基準点(足切り)と総得点基準点が年ごとに設定されるためです。
診断士と単純比較すると、1次23.7%×2次18.7%≒ストレート合格率4〜5%程度で、社労士の5〜7%と同水準か、やや厳しいくらいです。「どちらが難しいか」で言えば、ほぼ互角というのが数字上の評価になります。
診断士にない「受験資格」という関門
意外に見落とされるのがここです。診断士は誰でも受験できますが、社労士には受験資格があります。
- 大学・短大・高等専門学校・専門職大学前期課程の卒業(修了)
- 大学で62単位以上を修得
- 行政事務・労働社会保険関係事務などに通算3年以上従事
- 行政書士となる資格を有する
- 司法試験予備試験の合格 など
学歴要件を満たさない場合、そもそも社労士を受けられません。この場合、診断士を先に取っても社労士の受験資格にはなりません。行政書士(受験資格なし)を挟むほうが目的に直結します(行政書士との比較)。
診断士に合格しても社労士の受験資格にはならず、社労士に合格しても診断士1次の科目免除にはなりません。診断士1次の免除対象は経済学・財務会計・経営法務・経営情報システムの4科目で、対象は公認会計士・税理士・情報処理技術者などです。
最大の違いは独占業務。ここが「相性がいい」の正体
診断士に独占業務はありません。一方、社労士には法律で守られた独占業務があります。
| 区分 | 内容 | 独占か |
|---|---|---|
| 1号業務 | 労働社会保険諸法令に基づく申請書・届出書等の作成・提出代行・事務代理 | 社労士の独占 |
| 2号業務 | 労働者名簿・賃金台帳・就業規則など帳簿書類の作成 | 社労士の独占 |
| 3号業務 | 労務管理・社会保険に関する相談・指導 | 独占ではない(診断士も適法に行える) |
社会保険労務士法第27条は、非社労士が報酬を得て1号・2号業務を行うことを禁じており、違反すると1年以下の拘禁刑または100万円以下の罰金です。
「補助金は診断士、助成金は社労士」という境界線
ここが実務上、最も重要な線引きです。
| 補助金(経産省・中小企業庁系) | 助成金(厚労省系) | |
|---|---|---|
| 例 | ものづくり補助金、事業再構築補助金、小規模事業者持続化補助金 | キャリアアップ助成金、業務改善助成金、人材開発支援助成金 |
| 申請代行 | 独占資格なし=診断士の主戦場 | 社労士の独占業務 |
厚労省系の助成金の支給申請書は「労働社会保険諸法令に基づく申請書等」に該当するため、報酬を得て代行できるのは社労士だけです。診断士がこれを業として行えば社労士法違反になります。
中小企業の現場では「設備投資は補助金、その設備を使う人材の育成・処遇改善は助成金」という形で両方が同時に必要になる場面が多くあります。片方しか持たなければ必ずパートナーに渡すことになり、両方持てば1社から両方の報酬を取れる——これが「相性がいい」と言われる実体です。
「雇用関係助成金=1号業務」と明示した厚生労働省の資料そのものは当サイトでは確認できていません。ただし社労士法第2条第1項第1号・第27条の条文からこの結論は法的に導かれ、全国社会保険労務士会連合会も同趣旨の注意喚起を行っています。

それでも保有率が6.1%にとどまる理由
相性がこれだけ明確なのに、なぜ実際には少数派なのか。理由は3つあると考えています。
1. 単純に、もう1回1,000時間が必要
診断士だけで1,000時間前後。そこに社労士の800〜1,000時間を積むと、合計は2,000時間級になります。しかも社労士は科目合格制度がなく、全科目を1年で同時に仕上げる必要があるため、分割学習が効きません。働きながら2つ目をこの条件で取る人が多数派になるはずがありません。
2. 学習範囲がほとんど重ならない
診断士1次の「企業経営理論」に人的資源管理が含まれるため入口の親和性はありますが、社労士が要求する条文レベルの精度とは深さが違いすぎます。「診断士を持っているから社労士が楽になる」という効果は限定的です。逆方向(社労士→診断士)の恩恵はさらに小さくなります。
3. 診断士側のニーズが公的支援に寄っている
協会調査では、診断士の約8割が商工会議所・都道府県などに専門家登録しており、仕事の依頼のきっかけ1位は「中小企業支援機関・商工団体からの紹介」20.1%です。資格を足すより、公的機関のネットワークに入るほうが受注に直結する——この構造が、2つ目の資格へのインセンティブを下げていると考えられます(合格後の仕事とは)。
どちらを先に取るか
診断士を先にすべき理由:中断コストが不可逆
これが最も強い論拠です。診断士には「失効するもの」があります。
- 1次の科目合格は翌年度・翌々年度まで
- 1次合格の効力は当年+翌年の2年間(=2次を受けられるのは2回)
途中で社労士に軸足を移すと、積み上げた科目合格や1次合格の権利がそのまま消えます。一方、社労士は科目合格制度がない代わりに、翌年また受け直すだけで失うストックがありません。
失効するものがあるほうを先に片付ける。これが制度から導かれる合理的な順序です。
私自身、2年目に2次で不合格になったことで1次合格の効力が切れ、3年目は1次から受け直しました。7科目をもう一度やり直すコストは相当なものです。この「効力2年」の重みは、経験するとよくわかります。
社労士を先にすべき理由:独占業務が収入の土台になる
逆の論拠も強力です。独占業務があるのは社労士だけで、手続き代行・給与計算・労務相談は顧問契約による月次のストック収入になります。法律が根拠なので価格が崩れにくい。
対する診断士は独占業務がないため、取得直後の収益化は人脈と営業力に強く依存します。協会調査でも、独立していない診断士が独立しない理由の上位は「収入が低下する」18.8%、「収入が安定しない」18.5%、「受注機会の確保が難しい」17.9%——合計55.2%が収入の不確実性でした(独立のリアル)。
「独立して食う基盤を最短で作る」が目的なら、社労士先行に合理性があります。
状況別の推奨
| あなたの状況 | 推奨 |
|---|---|
| すでに診断士に合格済み | 次は社労士でよい。診断士側に失効リスクがなくなっており、翌年8月に全投下できる |
| 独立志向が強く、まず食える基盤が要る | 社労士先行。独占業務と顧問報酬でベースを作ってから診断士を乗せる |
| 企業内でキャリアを伸ばしたい | 診断士先行。労務手続きの独占業務は企業内では使えない(自社の手続きは誰でもできる) |
| 学歴要件を満たさない | 行政書士を先に。診断士では社労士の受験資格にならない |
| 同じ年に両方 | 非推奨(次項) |
同年に両方受けるのは、日程上は可能だが現実的でない
令和8年度の日程を並べると、試験日は衝突しません。
| 時期 | できごと |
|---|---|
| 4月13日〜5月31日 | 社労士の申込 |
| 4月23日〜5月27日 | 診断士1次の申込 |
| 8月1日・2日 | 診断士1次 |
| 8月23日 | 社労士(診断士1次の3週間後) |
| 9月1日 | 診断士1次の合格発表 |
| 10月1日 | 社労士の合格発表 |
| 10月25日 | 診断士2次筆記 |
制度上は「診断士1次 → 社労士 → 診断士2次」の順で全部受けられます。ただし直前期が完全に重なります。
診断士1次の追い込み(6〜7月)と社労士の追い込み(7〜8月)が重複し、8月2日に診断士1次を終えてから社労士本試験まで3週間しかありません。社労士は科目別の足切りがあるため直前期の全科目メンテナンスが不可欠で、この3週間を診断士に食われるのは致命的です。
さらに診断士1次に受かれば、8月23日の社労士直後から10月25日の2次筆記に向けた事例演習が必要になります。秋まで休みがありません。
合計2,000時間級の負荷を同一年度に載せることになり、どちらも中途半端になるリスクが高い——これが結論です。やるなら「診断士1次で科目合格を狙う年に社労士を本命に据える」といった、主従を明確にした併願にすべきです。
合格後のコストも見ておく
社労士は合格しただけでは名乗れません。労働社会保険諸法令の事務に2年以上従事した経験があるか、厚生労働大臣が指定した事務指定講習を修了したうえで、社労士名簿への登録が必要です。
東京都社会保険労務士会に新規入会する場合の実額は次のとおりです。
| 区分 | 内訳 | 初年度合計 |
|---|---|---|
| 開業会員 | 登録免許税30,000円+登録手数料30,000円+入会金50,000円+年会費96,000円 | 約206,000円 |
| 勤務等会員 | 登録免許税30,000円+登録手数料30,000円+入会金30,000円+年会費42,000円 | 約132,000円 |
登録免許税と登録手数料は全国一律ですが、入会金と年会費は都道府県会ごとに異なります。診断士も協会入会は任意で年会費がかかるため、両方に登録すると維持コストが二重になる点は計算に入れておくべきです。
よくある質問
Q. 結局どちらが難しいですか?
A. ほぼ互角です。合格率は社労士5〜7%、診断士のストレート合格率4〜5%程度。ただし性質が違います。社労士は条文の暗記精度と全科目一発勝負、診断士は2次記述という別技能が要求されます。暗記が得意なら社労士、文章で助言を組み立てるのが得意なら診断士のほうが向きます。
Q. 診断士を持っていると社労士の勉強は楽になりますか?
A. 期待するほどではありません。企業経営理論の人的資源管理が入口になる程度で、社労士が要求する条文レベルの精度とは深さが違います。ほぼゼロから積み直すつもりで計画してください。
Q. 診断士に合格すれば社労士の受験資格になりますか?
A. なりません。社労士の受験資格として認められる国家試験合格は司法試験予備試験などで、診断士は対象外です。行政書士となる資格を有する者は受験資格を満たすため、学歴要件がない人は行政書士のほうが目的に直結します。
Q. 保有率6.1%ということは、取る価値がないということですか?
A. 逆です。少数派だからこそ希少性があります。補助金と助成金の両方を1人で完結できる診断士は多くありません。「相性がいいのに実際には少ない」は、参入余地があるという意味でもあります。
まとめ
- 診断士の社労士保有率は6.1%。「相性がいい」という評判ほどは持たれていない
- 難易度はほぼ互角(社労士5〜7%、診断士ストレート4〜5%)
- 社労士には受験資格がある。診断士合格は受験資格にならない
- 最大の違いは独占業務。助成金は社労士の独占、補助金は診断士の主戦場
- 両方取るなら診断士が先——科目合格と1次合格の効力が失効するため
- ただし独立して労務で食うのが目的なら社労士単独で完結させる判断もある
- 同年受験は日程上可能だが、直前期が3週間差で重なり非推奨
関連記事: ダブルライセンス一覧/行政書士との比較/独立のリアル/年収は本当に高い?/科目合格制度の使い方
※社労士試験のデータは厚生労働省の合格者発表(第53〜57回)および令和8年度試験の官報公示にもとづきます。独占業務の記述は社会保険労務士法第2条第1項・第27条・第32条の2による。診断士の保有資格割合は日本中小企業診断士協会連合会「中小企業診断士活動状況アンケート調査」(令和8年5月公表/回答1,847名・複数回答)より。登録費用は東京都社会保険労務士会の公表額(2026年7月確認)。